2012 年ごろに大学の「固体物性入門セミナー」向けに作成した資料です。
分類から考える磁性
磁石そのもの/磁石にくっつくもの/磁石にくっつかないもの
磁石を主役に物質を分類してみよう。すると大まかに3つのカテゴリに分けることができるでしょう。
特に、1. と 2. の性質をもつものを 強磁性体(ferromagnet) とよんでいます。また 1. の「磁石そのもの」は 永久磁石(permanent magnet) と 電磁石(electromagnet) に分類することができます。
永久磁石は 硬磁性材料(hard magnetic material) 電磁石は 軟磁性材料(soft magnetic material) ともよばれています。
磁石にくっつく条件
磁石にくっつく物質とくっつかない物質の表から、磁石にくっつくための必要条件を考えてみよう。
磁石にくっつく物質 磁石にくっつかない物質
以上から 磁石にくっつく性質 を持つためには鉄族遷移金属(Fe,Co,Ni,Crなど)が含まれていることが必要なようである。
ただし鉄族遷移金属が含まれる高級ステンレスは磁石にくっつかないため十分条件ではない。鉄族遷移金属以外の例外としてガドリニウムGd(キュリー温度)が挙がる。室温付近で相転移を起こし強磁性を持つ。
現象から紐解く磁石と磁性のメカニズム
磁石の最小単位を探ろう
「鉄が磁石にくっつき、銅がくっつかない理由を解明する」前に、そもそも磁石とはなんなのか、より詳しく考えておくことにしましょう。
さて、N極とS極を持つ棒磁石を半分に折ってみるとどうなるでしょうか。小学校の理科で学んだように、N極とS極を持った半分の長さの棒磁石が2つできます。
決して、N極だけを持つ棒磁石とS極だけを持つ棒磁石にわかれることはありません(Maxwellの方程式のひとつ から、磁気単極子、すなわち N 極だけ・S 極だけの性質を持つ磁石の存在は認められていません)。
「このようになる」と小学校の理科では指導されましたがよく考えると、なぜこうなるのか全く説明を受けた記憶がありません。この謎を解き明かすために、棒磁石をどんどんへし折っていきましょう。そうすればいずれ「磁石の最小単位」にたどり着くはずです。
実際に棒磁石を折っていくと、極めて小さな粒子となって人間の手ではそれ以上扱えなくなります。したがってここでは結論だけを言ってしまいましょう。磁石の最小単位は "電子1個" です。
まず物理学の体系にある量子力学の知識から、電子は“スピン”という運動をしていることを認めてください。これは数々の実験から十分正しいと認められている現象です。直感的にはスピンとは電子が回転運動をしている現象と考えていただいて結構です。
実際には、電子は“私たちのイメージしている回転運動”をしているわけではありません。じゃあ具体的にどう運動しているんだという話になりますが、量子力学の世界(十分ミクロなスケールの世界)ではしばしば私たちの想像を超える現象が起きており、電子をボールに例えてこんな運動をしているといった類の説明ができないのです。
電子が運動するということは、電流が流れていることと同じです。“右ねじの法則”から円電流が流れるとそれに垂直な磁界が発生します。これが磁性を与える根本的要因となっているのです。
納得していただけたでしょうか。とにかくここで重要なのは、 磁石の最小単位は電子 だということです。
さて、中学校の理科で原子は陽子・中性子からなる原子核とそのまわりに分布する電子から構成されると勉強したはずです。あらゆる物体はこの原子の組み合わせで出来ているため、 どんな物質も磁石の最小単位である電子を持っている はずです。なのに、なぜ磁石にくっつくものとくっつかないものが存在するのでしょうか。次節以降さらに考えていくことにしましょう。
棒磁石の配列から学ぶ磁石にくっつかないメカニズム
物質はたくさんの原子が集まってできています。その中にはおびただしい数の電子(= 棒磁石)が入っています。
簡単のため、ある物質が隣り合った2つの電子から構成されていると考えましょう。
このとき電子(= 棒磁石)の向きはどのように配列すると安定するでしょうか。想像してみましょう。
これから上側がN極の棒磁石をアップスピン(記号:↑)、下側がN極の棒磁石をダウンスピン(記号:↓)と呼ぶことにしましょう(量子力学の知識から電子スピンはアップスピンとダウンスピンの2通りの状態しか取り得ないことが知られています)。
図のように2つの電子スピンが反平行な状態のほうが安定しているとわかるでしょう。
このとき お互いの電子の磁石の性質:スピン磁気モーメント を打ち消し合い 物質全体をみたときの磁石の性質:磁化(magnetization) はゼロとなります。
以上のお話から物質が磁石にくっつかないとき、電子スピン(=棒磁石)の配列が反平行状態となっていて、それぞれの電子の磁石の性質(磁気モーメント)が打ち消し合っているということがなんとなく実感できたのではないでしょうか。
実際、各原子における電子は1s軌道→2s軌道→2p軌道→3s軌道→3p軌道→…と電子が詰まっていきます。このとき同じ軌道には電子は2つまでしか入らないということや、
同じ軌道に2つの電子が入るとき必ず反平行の配置をとるというお約束(パウリの排他原理)があります。
希ガスの電子配置は閉殻、つまり全ての軌道が反平行のスピンを持った電子対で埋まっているため、ほとんど外部磁場に反応しません。他の原子については単体では不安定なので、イオン結合や共有結合をしてすべての電子が対となるように結合することが多いです。したがってほとんどの物質は磁石にくっつきません。
磁石にくっつくメカニズム
前節では、ほとんどの物質が磁気モーメントを打ち消すような電子配置をとっているため、磁石にくっつかないことを学びました。したがって逆に考えれば、鉄はなぜ磁石にくっつくのかという答えは自ずと見えてきます。
鉄をはじめとした強磁性体は、磁気モーメントを打ち消さないような電子配置をとっているのです。鉄族原子は最外殻電子(価電子)の内側に3d軌道という軌道を持っていて、そこに残る孤立した電子スピンにより 自発的磁気双極子モーメント(spontaneous magnestic dipole moment) を持ってしまうのです。これが、鉄は磁石にくっつくのに、銅はくっつかない理由です。
磁石と鉄板はくっつくのに、鉄板と鉄板はくっつかないのはなぜか
鉄は磁石によって吸い寄せられ、くっつく性質を持っています。しかしながら(磁化していない)鉄どうしを近づけてもくっつきません。これは非常に興味深い現象だと思いませんか。
さて、小学校の理科の授業を思い出すと、磁石のN極はS極を引き付けるはずでした。
図の (2) で磁石のN極に鉄が引きつけられているということは、鉄はS極の性質を持っているはずです。しかし図の (1) で鉄自体は磁石の性質を持っていないことは確かめてあるはずです。以上の議論から次のような仮説を立てることができるでしょう。
[鉄と磁石についての仮説]: 鉄は磁石のそばでは、自身も磁石の性質を持ち始める。磁石がそばにないときは、磁石の性質を持たない。
これにより、図の (3) の性質も正当化することができます。磁石のそばにいるということは外部磁場 を与えられるということです。ここから外部磁場大きさ に対応する磁石の性質の強さ(磁化 )の対応関係( 曲線)が、物質の磁性の特性をあらわすと考えることができます。
さて実際には、鉄はほんのわずかな外部磁場に反応して大きな磁化を持ちます。したがって鉄同士はくっつかないのですが、磁石がよってくるとたちまち、鉄同士もくっつくようになるのです。とにかく抑えるべきポイントは 強磁性体は外部磁場に対して鋭く反応して磁化を持つ ということです。磁化していない鉄は、外部磁場が与えられていないときにはスピン磁気双極子モーメントの総和がゼロとなるのです。
棒磁石の配列と磁性体の分類
棒磁石と磁気モーメント
前章で「磁石の最小単位は電子」ということがなんとなくわかりました。逆に言えば「電子はこの世で一番小さな棒磁石」であるということです。そしてこの電子がたくさん寄せ集まることにより物質は「磁性」という性質を持つということをまずしっかりとおさえておきましょう。
- [ポイント1] 電子はこの世で一番小さな棒磁石
- [ポイント2] 物質に磁性を与える根本的要因は電子
電子が最小の棒磁石だということはわかりました。ではこのあたりで磁石の性質の強さを表す物理量を導入しておくと今後の議論がスムーズにいくでしょう。電子は、電気の源である 電荷(electric charge) を持っていますが、同時に磁気の源である 磁荷(magnetic charge) も持っていると考えると自然ですね。
ところが電磁気学の基本方程式であるMaxwell方程式のひとつにより、磁荷は単独(ひとり)では存在できないとされています。Maxwell方程式のひとつ により、磁気単極子の存在は否定されています。興味のある方は電磁気学を勉強してみてください。この点が厄介なところではありますがとにかく 磁荷は必ずペアで存在する ということを認めてください。
これは磁界が、電子のスピンによって右ねじの法則的に発生していると(強引に)考えると納得できるでしょう。右ねじの方向に電子がスピンすると親指の向きに磁界が発生します。この「向き」を持つためにはマイナスの磁荷とプラスの磁荷両方が同時に存在しなければなりません。
物理学の世界ではこうした荷粒子のペアを双極子(dipole)とよんでおり、特にいま磁荷のペアなので 磁気双極子(magnetic dipole) とよびます。磁荷の大きさを 、負の磁荷から正の磁荷へのベクトルを として 磁気双極子モーメント (magnetic dipole moment) を次式のように定義します。
これが電子1つの「磁石の性質の強さ」を表す物理量となります。この磁気双極子モーメントを用いると、電子対を形成している物質が磁石の性質を持たない理由がより明確にわかるようになります。次節にてさらに詳しくみていきましょう。
物質全体の「磁石の性質」を表す量:磁化
1つの粒子の「磁石の性質の強さ」を表す物理量として磁気双極子モーメントを導入しました。さて、実際の物質は多数の粒子から成り立っています。「物質全体の磁石の性質の強さ」を表すためには、どうすればよいでしょうか。単純な話ですが、それぞれの磁気双極子モーメントを足してしまえばいいのです。ただし磁気双極子モーメントはベクトル量だということに注意してください。
すると「物質全体の磁石の性質の強さ」を表す量: 磁化(magnetization) は次のようにできます。
この磁化 についてひとつ例を見てみましょう。図のように2つのスピンから構成される物質について、磁気モーメントが反平行に配列しているとします。
すると物質全体の磁気モーメント、すなわち磁化はゼロとなることがわかります。この例から「物質中の全ての電子が電子対を形成している場合、磁石にくっつく性質を持たない(可能性が大きい)ということ」をよりハッキリと受けいれることが出来るでしょう。
ミクロスコピックな量とマクロスコピックな量
前節にて磁気モーメントの和として磁化を定義しました。この場合、磁気モーメントは微視的(ミクロスコピック)な量であり、磁化はその足しあわせによって定義される巨視的(マクロスコピック)な量だと言えます。
磁性物性をはじめとした固体物理学は 量子力学(quantum mechanics) と 統計力学(statistical mechanics) という土台の上に立っています。
量子力学はミクロな世界の物理法則についての理論で、これをもとにマクロな物理法則を導くのが統計力学です。
馴染み深い電流や温度などは全てマクロな量であり、これらは実はひとつひとつの原子レベルの性質を寄せ集めた結果として現れてきています。
例えは悪いですが、フサフサな髪の毛を一本一本抜いていったとき、何本抜いたらハゲてるといわれるか、どの部位をどのように抜いていくと同じ本数でもハゲといわれないかはなかなか興味深い問題です。フサフサやハゲは質的な評価ですが、これは一本一本の髪の毛がどのように何本配列しているかという量的な問題に起因しています。
とにかく今一度大切にしていきたい考え方は 「質的変化は量的変化によっておこる」 ということです。
磁気構造による磁性体の分類
これまでで、電子が回転(スピンおよび軌道運動)することによって物質は磁性という性質を持つことを学んできました。
また、希ガスのような全ての電子が対となっている原子は磁気モーメントを持たず、その他の物質は他の原子と化合物を形成し軌道回転とスピンによる磁気モーメントを消失するということも理解できたかと思います。
しかし一部の遷移金属や希土類の原子は不対電子が残り、これに起因して磁性を持ちます。この場合一個一個の原子の磁気モーメントを寄せ集めて和をとった量が、物質全体の磁性モーメントである磁化を表すのでした。
今、不対電子によって磁気モーメントが残った一個一個の原子を原子磁石とよぶことにしましょう。
実はこの原子磁石の配列には色々なパターンがあります。この配列パターンを磁気構造とよんでいます。
磁気構造により磁性体は常磁性・強磁性・反強磁性・フェリ磁性の4種に分けることができるので、それぞれについてまずはざっくり図示しておきましょう。
常磁性(paramagnetism) は結晶格子点上の磁気モーメントが空間的にも時間的にも乱雑な方向を向き、動き回っている状態のことをいいます。図はある時間で物質の磁気モーメントを固定した状況の図(つまり磁気モーメントの向きを矢印で示して写真をとった図)となります。
強磁性(ferromagnetism) は格子点のスピンが揃って同じ方向を向いた状態。反強磁性(antiferromagnetism) は副格子上のスピンが逆向きのため、自発磁化が現れない状態を言います。
フェリ磁性(ferrimagnetism) は大きさの異なったモーメントを持つ2種以上の磁性原子が副格子点上で逆向きの状態で結合し、主格子のモーメントとの差し引きで磁化が現れるものをいいます。
磁石についての力学と電子の磁気モーメント
磁石といったら吸い付いたり、反発しあったりといった力学的な部分に興味をそそられる人がほとんどではないでしょうか。あいだに紙があっても磁石を使えば黒板に貼り付けることができるのは不思議ですね。
この章では磁石に対してどのような力が働くのかということについて考えていきましょう。そしてそのメカニズムを利用して、磁石の最小単位である電子がどのくらいの磁気モーメントを持っているのかについて実験してみましょう。
磁気モーメントにはたらく力とポテンシャル
電場 のなかにある電荷 の質点が受けるクーロン力は となっています。それと同じく磁場 のなかにある磁荷 の質点が受ける力は次のようにできます。
これはなぜか、というよりもこうなるように各物理量を定義しています。したがってまずはこのことを認めましょう。
さて、以前に磁荷は単独では存在できず、かならずペアで存在するということを扱いました。したがってひとつの磁気双極子に働く力を求めてしまうと理論的にはすっきりしそうですので、考えてみることにします。
図を見ると正負の磁荷にそれぞれ力が働き、双極子全体が回転する運動となるのがわかります。そして磁気モーメントが磁場と同じ向きとなるとそれ以上力が働かない状態になります。
磁気双極子に働くトルクは
となります。ところでトルクはポテンシャルエネルギー の角度微分で与えられます。
すなわち となります。
これより磁場 のなかにある磁気モーメント の磁気双極子の持つポテンシャルは次のようにできます。
ファラデー法を用いた磁気モーメントの測定
磁気モーメント の磁気双極子の持つポテンシャルは なので、例えばz方向に働く力は
となります。つまり磁場勾配に比例した力を受けることになります。
これを利用して磁気モーメントの大きさをはかる方法を考えましょう。まずz方向の磁場勾配に対してx方向とy方向の磁場勾配が極めて小さくなるように電磁石を設置します。そしてホール素子を利用したガウスメーターで励磁電流のときのz方向の磁場分布を測定し、磁場勾配が最大な座標 とそのときの磁場勾配の大きさ を記録しましょう。
磁場勾配の大きさはは励磁電流に比例しているはずなのでそのときの比例係数 を計算しておきます。あとは座標 試料をセットして、電子天びんで を記録しながら電流を変化させていきます。
測定されるデータは と ですので最小二乗法により傾きを求めることによって磁気モーメントの大きさ を求めることができます。
参考文献
- 志賀正幸, 『磁性入門 スピンから磁石まで』, 内田老鶴圃(2007)
- 沼居貴陽, 『例題・演習と詳しい解答で理解する固体物性入門』(2007)
- http://www.magnix.com/swf/magnet.html
- http://www.magnix.com/topics-03.htm
- http://periodictable.hatenablog.jp/entry/2012/01/01/224411
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